武蔵FC所属の彼らにとっての楽しみの一つに『保護者からの差し入れ』というものがある。
今日もその差し入れの品が練習後マネージャーの青葉弥生から配られた。
「やったー!!チーズバーガーじゃん!」
「久しぶりすぎる・・・」
成長著しい男子たちは練習後の空腹感を満たそうと一斉にかぶりついた。
そう、練習が終われば帰宅して晩御飯…という生活をしている彼らにとってこの一品は最高の贅沢なのだ。
たとえそれがお馴染みのファストフードだとしても。
「キャプテンの分もあるの?これ?」
本間が配り終わって近くに座った弥生に聞いた。
「あるわよ。さっき渡したけど…なんで?」
「いや…キャプテン食べるのかなーと思って…」
一心不乱に食べていた一ノ瀬、真田が顔を見合わせる。
本間のつぶやきの意味をすり合わせるように…
「多分同じこと考えてるんだと思うんだけど、それはキャプテンがお腹いっぱいで食べられないって意味じゃないよな?」
「違う違う」
「とすると…やっぱり?」
「うん…こういうの食べたことあるのかなって…」
その素朴かつ最大の疑問は4人が一斉にその人物を探し始める程、興味があった。
「あ、いた!」
「まだ食べてないね」
探し当てた人物は先ほど手渡されたものを持ちながらコーチと話をしていた。
「キャプテンって今まで差し入れ食べてたっけ?」
「そういえば・・・持って帰れるものは持って帰って、甘いものの時は誰かにあげたりして、その場で食べるって滅多にしない気がする」
弥生はそういって自分の分を口にする。
「ん??っておい!なんでマネージャーだけアップルパイなんだよ?!」
一ノ瀬が抗議の声を上げる。
「んー?女の子は甘いもののほうがいいわよねって・・あちっ・・」
「あーアップルパイってなかなか冷めないよね」
「いいなー俺も食べたい・・・」
羨望のまなざしは気がつくとその周りからも注がれ、すっかり食べにくい状況になってしまった弥生は一度箱の中に戻した。
「もう!自分はチーズバーガー食べたじゃない」
「それとこれは別!」
「何が別なの?」
気がつくと先ほどまで話題にしていた人物がすぐそばに立っていた。
しかし、アップルパイによって頭の中が上書きされてしまっていた一ノ瀬はチーズバーガーもうまいがアップルパイはもっと特別な感じで・・・とわけのわからない話をし始めた。
「ああ、なんとなくわかる。美味しいもんね」
「ですよねー!そんな美味しいものをマネージャーにだけなんて!!」
・・・ん?
一ノ瀬以外の3人が顔を見合わせる。
「キャプテン、食べたことあるんですか?」
本間が尋ねる。
尋ねられた本人は一ノ瀬に「まあまあ、僕の分も食べていいから・・・」とチーズバーガーを手渡しながら、不思議そうな顔を向けた。
「あるよ。さすがに全部は甘くて食べられないけど・・・。周りの部分とか好きだよ」
「っていうか、三杉さんもそういうとこに行くんですね」
そこでようやく一ノ瀬も気がついたらしい。
先ほど遠慮なくもらった二つ目のそれと三杉の顔を見比べる。
「たまに父さんが連れて行ってくれるんだ。検査の後とか・・・。あ!」
急に三杉が口の前で人差し指を立てた。
「でもうちの母さんには内緒だよ」
その口調や仕草がいつもの大人びた姿よりずっと幼く見えて、そしてちょっとした彼の秘密を教えてもらえたことが嬉しくて思わずほかの四人も同じポーズをしてしまった。
「内緒・・・ですね」
「うん。よろしく。ちなみに一ノ瀬は証拠隠滅に協力よろしく。さすがにこれは持って帰りにくい」
「了解!」
一ノ瀬は勢いよく二個目を頬張り始めた。
「じゃあ、これ一口どうですか?」
ようやく視線がなくなり自分の分を食べられそうだと弥生がアップルパイを箱から出して三杉に勧めた。
もちろん他意などなく純粋に差し出しただけだったのだが、弥生が「あっ」と声を出すのと三杉が一口齧りとったのは同じタイミングだった。
一ノ瀬、真田、本間から見ればその構図はいわゆる『あーん』であり、さすがに直接食べると思わなかった分驚いてしまって声が出なかった。
「ん、美味しいね。ごちそうさま。さあ、食べたら帰ろう」
その声に弾かれたように三人は立ち上がり肩を並べて歩き出した。
そして弥生はまた違った意味で放心していた。
(さっき・・・私一口だけ食べたよ・・・ね)
そう、先ほどはまだ熱くて少し口を付けて箱にしまった。
今目の前にあるアップルパイに齧った後は・・・一つだけ。
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